忘れないうちにメモがわりに書いておこう。


今日ちょっと探し物があって、古い手紙とか何やらかにやら色々突っ込んである箱を漁っていたんですが、その中からハラリと1枚のハガキが出てきたんです。
そのハガキがね、笑っちゃうんですよ。私がこのブログで昔話を書く時にいつも登場する、絵が異常に上手くて私がコンプレ感じまくっていた幼なじみ(参考エントリ「嫉妬と憧憬」)、マンガが上手なそいつが身近にいたせいで私はいつも卑屈で、嫉妬して、辛くて苦しくて……とさんざんに書いていた幼なじみ、その彼女から来たハガキだったんですけどもね。
色気のない官製はがきに乱雑な文字で書きなぐられたそのハガキ。内容は私が出した本の感想で、その本の発行日から推測するに私と彼女が22歳頃に書かれたと思われるそのハガキは、「ものすごーくいい本だったけど、ものすごーく悔しい」「あっという間に置き去りにされた気分だ」「でも私は私のペースでやるけどね!」と、たったそれだけの内容だった。
そんなハガキを見つけて、私はあんまりおかしくて笑ってしまった。FAXが同人友達交流の主流だった頃、わざわざハガキでこんな宣戦布告を送りつけてきた彼女と、そんな事すっかり忘れて被害者意識100%な思い出に浸っていた自分に。


すんげーお互い様だったんだな私たちって。


このブログは私のブログだから当然だけど私の視点で書かれていて、そこでは彼女は「漫画がとても上手で周囲からチヤホヤされて羨ましくて妬ましくて仕方のない相手」として登場するばかりだったけれど、もし彼女が自分の視点で「自分同人作家史」を書くことがあれば(私が知らないだけですでにどっかのブログとかで書いてたりして)、彼女の歴史の中では私は「身近な壁」としてまったく逆の立場として登場するのかもしれないですよ。

彼女と出会えて、幼なじみとして身近に共に成長出来たことは、幸せな事だったんだなーーとつくづく思いましたよ。ライバルってこーゆー関係?なんでしょーか?「強敵」と書いて「とも」と読む、みたいなwww


彼女に今度会う時に持って行って見せてやろうかとも思ったけど、そんなことしたらその場でビリビリに破かれてしまいそうなので、ハガキは大事に雑多箱の中に戻しておきました。んでまた10年くらいたった頃にふと発見して一人大笑いしてやろう。はっはっは。


(追記・もちろん、自信がなくていつも卑屈な当時の私を励ます為に書いてくれたものかもしれないけれども、それはそれでその友情パワーはマッスルありがたいことなので、ここは素直に文面通り受け取っておくことにするよ)

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前回の記事「オタクがキモイと言われてしまう時」にはたくさんのコメントをありがとうございました。SBMのコメントを含めみなさまのご意見ご感想をありがたく拝見いたしました。大変申し訳ないのですが量が多いため個別レスは失礼させて頂きます。一つ書き忘れたのですが、私は前回のエントリーの出来事を体験した時に「ああ、一時期ネットで話題になった『夫の鉄道模型を捨ててしまった妻』ってこういう人だったのかな」と思いました。いずれにせよ「価値観の違い」としか言い様がない話ですが。(興味のある方は「夫 鉄道模型 捨てた」でググってみて下さい)。



頂いたコメントのうちの一つを拝読していて思い出した事がありましたので、今回はその話を。


■その1「お金にならない事=きもい」文化
人生、お金にならない情報や知識=無駄
という意識が強いと「キモ」発言が多くなります。
例)ゲーマー
日本ではひどい扱いですが、海外ではきちんとお金をもらい、プロになっています。扱いは雲泥の差です。
多分お金をもらうようになると、「キモ」にならないのではないでしょうか?文化的にぬけるのは難しいですが。

前回エントリーの「その1」さまからのコメントより(勝手に引用してしまいスミマセン)



前回書いたように、私は若いうちに両親ともを亡くした。とは言っても子供という年でもなかったので特に親戚に引き取られるとかそういう話にはならず、その後も親の残してくれた実家で普通に生活していた。
それでも親戚の皆様には色々ご心配ご面倒をおかけした。近県在住の父の兄弟姉妹の皆様においては本当によく私たち兄弟を気遣って下さったものだ。まあたまに「両親のいない子供たちをしっかり面倒みなくては」という思い込みから度を越す事もあったが(笑)それもまた気持ちはありがたいものだ。
うちの親戚は基本的にみな放任主義だったので、それほどの過干渉はなかったのだが、たまにある「度を越した」事例の一つに私の創作活動への文句があった。それこそ産まれた頃からのつきあいだ。私が「何かマンガが好きで描いているらしい」程度の事は親戚のみなが知るところだった。学生時代はそうでもなかったが、二十台も後半になるというのに結婚の話も浮いた話もなく、まともに就職もせず、フリーターとか言いながらブラブラしていていつまでもマンガばかり描いている私はそれなりに心配の種だったのだろう。とある一人の叔母は、事あるごとに「いつまでもマンガばっかりでどーすんの!?」と私に説教していた。説教してくれる気持ちはありがたいのだが、『そんな事言われてもなあ〜』と私も正直困っていた。

ある日、とある同人友達に上記の話を愚痴った。すると彼女は一つアドバイスをくれた。私はそのアドバイスを実行した。すると効果覿面、あっという間に叔母の態度が激変したのだ。あまりの効果に私はびっくりした。
そのアドバイスとは
「嘘でいいから、描いたマンガが金になっていると言え」
だった。

どうせバレるはずのない話だ。私は適当な事を言った。マンガの自費出版でそこそこ稼げている。その自費出版誌は書店にも置いてもらっている。たまに商業誌にも描いて原稿料をもらっている、と。決して嘘ではないがアヤフヤな事を叔母に言った。その後の叔母は面白かった。その本はどの本屋に置いているんだ!?とか(秋葉原の本屋にあるよと返答)、なんていう出版社の雑誌に描いているんだ!?とか(ラポー○とかキャ○ットのアンソロとかどーせわかりゃしない)、根掘り葉掘り聞いてきた。私はそれより叔母の以前とは180度変わった「えらいわねー。すごいわねー」という反応がおかしくてしかたなかった。

その後、その叔母が「夜沙ちゃんマンガ家なのよー」とふれまわってくれた(笑)おかげで別の問題も生じたりもしたが、まあその辺は叔母の誤解から発生した噂話の範疇なのでたいした問題ではなかった。(もしかしたら今でも私は「マンガ家」だと思われているかもしれないがwww)


そんなわけで、友人のアドバイスはまったくもって有効だった。そのような的確なアドバイスをくれたということは、友人もまた同様のケースを体験したのだろう。
しかし私はいまだにその叔母の気持ちは理解出来ない。わずかでもお金になる趣味と、金を使うばかりの趣味との間にそれほどの差がある、叔母の価値観は理解出来ない。私が趣味のマンガに金をかけすぎて親戚に借金しているというのなら説教の一つも当然だが、私の稼ぎと少しの遺産で高校生だった弟たちを卒業させ、またその後もちゃんと自分の稼ぎで家を維持し家計をまかなっていて、誰からも借金などしていない。それに、それこそ私の父の鉄道マニア趣味なんて私以上に一銭にもなっていなかっただろうに。叔母は兄である父にも文句を言っていたのだろうか。


前回コメントで「その1さん」は

>多分お金をもらうようになると、「キモ」にならないのではないでしょうか?

とおっしゃっていらっしゃるが、お金にならない趣味は「キモー」で、お金になったり職業として成立したら「キモー」じゃないという価値観は私にはさっぱりわからない。マンガやゲーマーが「キモーな趣味」だと感じる価値観ならば、たとえそれが職業になってもそれは「キモーな職業」になるのがスジのはずだ。

私の上記のケースの場合にはもちろん、叔母が私を(経済的に)心配してくれている気持ちが大いに含まれていたのだと思う。しかしそれを踏まえてみても、きっと私の趣味が「マンガ」ではなく、もっと叔母にも理解可能な女性らしい一般的な趣味(たとえばダンスだとかエステだとかコーラスだとか活け花だとか)であったならそれほど説教されることはなかったように思えるのだ。叔母の価値観の中では「いい年してマンガ=気持ち悪い」であり、「金になる=マンガ家=作家=有名人=すごい、えらい」なのではないだろうか、としか私には思えなかった。

そして私にしてみれば叔母のそんな豹変ぶりこそがまさに「キモー」以外のなにものでもなかったのだが。


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私はここ数年、とあるジャンルでヒキコモリ状態でした。理由は前エントリ(勝手な同人用語シリーズその8「ジャンル内ヒキコモリ」)の分類で言えば「結果的」と「意識的」の合わせ技な感じでしょうか。なんとなーく面倒だったというのが一番の理由なのですが、ちょっと『孤高の一匹狼』に憧れていたのもあって、そのジャンルでは「サイトのリンク報告無用・リンク集無し」「サイトに掲示板コメント欄拍手などコミュニケーションツール無し」「感想メールや感想お手紙への返信・差し入れへの個別お礼など無し」「アンソロ等への参加無し・原稿依頼、お誘いメールは無視」を徹底したら、本気のヒキコモリ状態になっていましたw
「ジャンル内ヒキコモリ」でも別ジャンルの友達はいるわけで、イベントの時には別ジャンルの友達に売り子を頼んだり、帰りに待ち合わせして普通にお茶したり飲み会したりしていたので特に孤独を感じる事もなく「ジャンル内ヒキコモリって平和だわ〜」と孤高のヒキコモリライフをエンジョイしておりました。

しかしいくら「ヒキコモリ」とか言っても、いくらなんでもイベントでお隣サークルさんや読者さんから話しかけられた時に完全無視出来るほど私は心臓が強くはありません(そこまで出来たら本物だ……)。何年かやっているうちにジャンル規模が小さくなり、周囲の顔ぶれがいつも同じになってくるとそりゃなんとなーく顔見知りなんてのも出来てしまいます。それでも今まではイベント終了したら「それじゃお疲れ様っした!」と速攻帰っていたのですが、先日のイベントの時はたまたまイベント後に別ジャンル友人との約束が何もなかったので、なんとなーく誘われるまま顔見知りサークルさんたち数名とお茶しに行ってしまったのです。

結構、いやかなりドキドキしました。私以外の皆様はすでに友人知人の域のご様子で和気藹々としている中、私一人が他の方のペンネームと顔が一致しない状態で「うわーうわー」とあわてつつ、店を探す道すがら『やっぱやめときゃよかったかなー』『でももうここまでジャンル規模が小さくなっちゃうとヒキコモリも難しいからそろそろ周りとちょっとはコミュニケーションとった方がいいよなー』という想いがグルグルと頭をまわっている間に、皆様は手際よくとあるファミレスで奥の席を確保し、よくあるイベント後お茶会は始まりました。
食事の後のドリンクバーで一体何時間話していたんでしょうか。そのお茶会は結果メチャメチャ楽しく、私は帰りの電車の中で今までヒキコモっていた自分を激しく後悔していました。同じジャンル、同じカップリングの人と延々萌え話するのってなんて楽しいんだ!別ジャンルの人とは出来ない踏み込んだ話が出来るってなんて素晴らしいんだ!ジャンル内隠語や原作話をするのに前置きや解説なしで通じるってなんて感動的なんだ!ああ持つべきはジャンル友達だよ!ジャンル内交流マンセー!
と、数年やってるジャンルのはずなのに、今更新ジャンル萌えしているかの如く妙に盛り上がってしまった私だったのでした。同人はやっぱこーゆー交流が楽しいよね!
……なーんつって、この後また人間関係でもめたりすると「やっぱりヒキコモリがいいわ('A`)」なんて思ってしまったりもするんだろうけれど(笑)


本当は揉め事がないのが一番なのですが、自分が当事者じゃなくても巻き込まれてしまう事も多く、そればかりは同人もまた社会の一つである以上仕方がないことかもしれません。

23:22 │comments(6)trackback(0)    ブログパーツ
 
勝手な同人用語シリーズその8 「ジャンル内ヒキコモリ」

あるジャンル内において、友人知人が一切いない状態を指す言葉。
人間関係トラブル(女性向けの場合は多いんだこれが)に巻き込まれる事がないので平和といえば平和に同人活動が出来る反面、イベント(特にオンリー)の際には孤独感でさみしくなってしまったり、合同誌やアンソロなどに参加する機会がなく知名度があがりにくい、ジャンルの情報にうとくなってしまう、萌え状態の持続が難しい等の弊害もある。


ジャンル内ヒキコモリと一言で言っても、理由は多々ありますよねー。

★結果的ヒキコモリ
…特に意識したわけではなくなんとなくいつの間にかヒキコモリ状態になってしまった場合。
年をとると昔からの友人とつるんでいる事が多い、なんとなく面倒なので新しい人間関係を積極的には作ろうとしなかった、結果そのジャンルでは友人知人がいないヒキコモリ状態になっている〜、なんて結果的ヒキコモリの人なんかは多いんじゃないかと思います。

★意識的(能動的)ヒキコモリ
…意識的にジャンル内の人と近づかないようにしている場合。
揉め事などに巻き込まれたりして人間関係でジャンルに居辛くなるような事態になった経験のある人は、意識的に出来るだけジャンル内の人とは関わらないようにしている、意識的ヒキコモリなんてこともありますね。萌えはあるのに人間関係のイザコザでジャンルを追われるなんてのは辛いものなので、その気持ちはものすごくよくわかります。

★先天的ヒキコモリ
…他人と接触するのを嫌う、単純に孤独体質な場合。孤高の芸術家タイプ。

★受動的ヒキコモリ
…自分からはアクションを起こさず、誘われるのを待っている眠り姫タイプ。別に積極的になる理由もないしなーという「結果的ヒキコモリ」に近い場合と、本当は友達が欲しいけど自分からは話しかけられない内気な人の場合がある。後者は「自虐的ヒキコモリ」の悪循環に陥りやすいので注意。

★自虐的ヒキコモリ
…本当は大勢のジャンル友達が欲しいのだが、まあ色々問題があったりなかったりで周りに人が寄り付かず、不本意ながらヒキコモリ状態になっている場合。「どーせ私なんか友達もいないし……」的自虐発言がますます人を遠ざける。

★神様型ヒキコモリ
…作品が神すぎて周りから畏れ多く思われ遠巻きにされて、友達が出来にくい場合。本人はとっても友達が欲しいのに、周りからはそんな理由で近寄りがたいなんて思われていたりするとちょっと不幸。

★大手型ヒキコモリ
…「神型」に近い。「畏れ多くて近づきにくい」と思っている人や、周りから「大手に媚売ってる」と思われたくない人からは敬遠され、寄って来るのは「大手サマとお近づきになりたい〜」という下心見え見えの奴らばかりだったりして、普通に普通の友達が出来にくくなってしまっている状態。普通の友達が出来てもだんだん妙なコンプレとか持たれて付き合いづらくなってしまったりな事もあったりするのでなんとも致し方なし。

23:19 │comments(1)trackback(0)    ブログパーツ
 
というわけで用語としての「神」の説明をしたところで、私の神の話をしましょう。


私が神と出会ったのはかれこれ15年ほど前の事でしょうか。初めて神の作品と出会った時の衝撃は忘れられません。泣くでもなく笑うでもなくその才能に嫉妬するでもなく、「何なのこの人のこの作品…」とただただボーゼンとしてしまったことを覚えています。ちなみに初めて神の作品と出会ったのは神ともう一人の合同誌だったのですが、その合同誌の相手のもう一人とは後に友達になり今でもつきあいがあったりします。彼女にとってもその人は神だったようで、合同誌を作った時は本当に緊張したと後に語っていました。


そうなのです。その合同誌相手と友人になってしまったわけで、実は神ともそのジャンルでちょっとした知り合いのような状態になってしまっていました。知り合いになろうがなんだろうが神は神。神が私に気さくに話しかけてくれるたびに「あなたは神なんだから私なんかとしゃべったらダメなのよ〜」と妙に焦ったり緊張したりして私は神とどうしても打ち解ける事が出来ませんでした。そしてその度に「神に失礼な事をしているなあ」という申し訳なさで凹んでしまうのでしたが、どうしても私は自分にある神との間の壁をなくすことが出来ませんでした。


私は神の本が欲しい。神の作品が読みたい。ていうか読まないと死ぬ。というわけでその後神がどのジャンルへ行こうとも私は追いかけました。神のはまったジャンルで神の同人誌を読んだ後にその影響で原作に手を出すなんてこともザラでした。神とは顔見知りになってしまったこともあり、神が大変気さくな性格だったこともあり、私が神のスペースに行くと「わー夜沙さん〜」といつも笑顔で新刊を下さいました。私はその好意を無碍に遠慮するのにも、かと言って当たり前に受け取るのにもどちらにも抵抗があり、毎回差し入れにそれなりのお菓子を買って持って行ったりしたものでした。


私にとって神だった人はすばらしい才能の持ち主でした。昔から私以外にも多くの信者を抱えているようでした。そして世間もそんな逸材をほっておくわけはなかったのです。
神がとあるジャンルにハマった時、そのジャンルが大ブレイクしたのをきっかけに神も大ブレイクしてしまったのです。神はあれよあれよという間に壁になり、本物の神になってしまいました。問題はそれからです。神のスペースに行こうにもそこは長蛇の列。神の本を手に入れる為に並ぶことは決して苦ではありませんでしたが、そうしてスペースにたどり着くと神に「なんで並んでんの?水臭いな〜」と言われて新刊を押し付けられてしまうのです。だからと言ってそんな列が出来ているところに横からスペースに「○○さーん」なんて行って並んでいる人の列を横目にのうのうと新刊ゲット出来るほどに私の心臓は強くはありませんでした。神がスペースにいないのを見計らって並んでも、並んでる最中に神が帰ってきて見つかってしまう可能性もあります。列がなくなる頃を見計らって行ってみたりもしましたが、すると今度はすでに完売で泣く泣く帰路につくことになり、しかし「午後から行くから私の分取って置いてね!」なんて頼めるほど仲良くもありません(いや、頼んだらきっと神は快く取って置いてくれたに違いないのだけれど……)。困り果てた私には、神に面の割れていない友達に頼み込み、影武者として列に並んでもらうしか方法がありませんでした(しかしその後その友人も神の信者になってしまったので、それはそれで良かったんだけど)


幸いな事にそんな苦労の時代は長く続きませんでした。神はスカウトされ商業作家になってしまったのです。
神は商業で忙しくなり同人誌から離れてしまいましたが、今、私は簡単に本屋で神の作品を買う事が出来るようになりました。ありがとう神に目をつけスカウトしてくれた編集の人!おかげで私は今こんなに楽チンだよ!


とまあそんなわけで、上記の経験から私が言えるアドバイスは
「本当の本当に神と呼べるほど好きな作家とは下手に知り合いになってはいけない」これです。


上記の例はまだ神相手ということで私の腰が引けていた為にそれほど仲良くならなかった&神があっという間に商業作家になってしまったというだけマシでした。好きな作家さんと仲良くなり〜その後仲たがいして疎遠になり〜人としてはもうつきあいたくはないけれど作品は読みたいのよ〜〜〜でもスペースに行って顔をあわせると気まずいのよ〜〜〜という事も長い同人歴の中で幾度かあり、その度に「作品が好きな人とはあまり近づかないのが良策だよなー」と思い知らされたものでした。しかしそんな事は言ってもそもそも同人誌界、知り合うきっかけがまずお互いの作品だったりするので、好きな作品を書く人を避けて通るというのは完全に孤高を保つようなもので難しいんですよね実際


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