頂いたコメントのうちの一つを拝読していて思い出した事がありましたので、今回はその話を。
■その1「お金にならない事=きもい」文化
人生、お金にならない情報や知識=無駄
という意識が強いと「キモ」発言が多くなります。
例)ゲーマー
日本ではひどい扱いですが、海外ではきちんとお金をもらい、プロになっています。扱いは雲泥の差です。
多分お金をもらうようになると、「キモ」にならないのではないでしょうか?文化的にぬけるのは難しいですが。
前回エントリーの「その1」さまからのコメントより(勝手に引用してしまいスミマセン)
前回書いたように、私は若いうちに両親ともを亡くした。とは言っても子供という年でもなかったので特に親戚に引き取られるとかそういう話にはならず、その後も親の残してくれた実家で普通に生活していた。
それでも親戚の皆様には色々ご心配ご面倒をおかけした。近県在住の父の兄弟姉妹の皆様においては本当によく私たち兄弟を気遣って下さったものだ。まあたまに「両親のいない子供たちをしっかり面倒みなくては」という思い込みから度を越す事もあったが(笑)それもまた気持ちはありがたいものだ。
うちの親戚は基本的にみな放任主義だったので、それほどの過干渉はなかったのだが、たまにある「度を越した」事例の一つに私の創作活動への文句があった。それこそ産まれた頃からのつきあいだ。私が「何かマンガが好きで描いているらしい」程度の事は親戚のみなが知るところだった。学生時代はそうでもなかったが、二十台も後半になるというのに結婚の話も浮いた話もなく、まともに就職もせず、フリーターとか言いながらブラブラしていていつまでもマンガばかり描いている私はそれなりに心配の種だったのだろう。とある一人の叔母は、事あるごとに「いつまでもマンガばっかりでどーすんの!?」と私に説教していた。説教してくれる気持ちはありがたいのだが、『そんな事言われてもなあ〜』と私も正直困っていた。
ある日、とある同人友達に上記の話を愚痴った。すると彼女は一つアドバイスをくれた。私はそのアドバイスを実行した。すると効果覿面、あっという間に叔母の態度が激変したのだ。あまりの効果に私はびっくりした。
そのアドバイスとは
「嘘でいいから、描いたマンガが金になっていると言え」
だった。
どうせバレるはずのない話だ。私は適当な事を言った。マンガの自費出版でそこそこ稼げている。その自費出版誌は書店にも置いてもらっている。たまに商業誌にも描いて原稿料をもらっている、と。決して嘘ではないがアヤフヤな事を叔母に言った。その後の叔母は面白かった。その本はどの本屋に置いているんだ!?とか(秋葉原の本屋にあるよと返答)、なんていう出版社の雑誌に描いているんだ!?とか(ラポー○とかキャ○ットのアンソロとかどーせわかりゃしない)、根掘り葉掘り聞いてきた。私はそれより叔母の以前とは180度変わった「えらいわねー。すごいわねー」という反応がおかしくてしかたなかった。
その後、その叔母が「夜沙ちゃんマンガ家なのよー」とふれまわってくれた(笑)おかげで別の問題も生じたりもしたが、まあその辺は叔母の誤解から発生した噂話の範疇なのでたいした問題ではなかった。(もしかしたら今でも私は「マンガ家」だと思われているかもしれないがwww)
そんなわけで、友人のアドバイスはまったくもって有効だった。そのような的確なアドバイスをくれたということは、友人もまた同様のケースを体験したのだろう。
しかし私はいまだにその叔母の気持ちは理解出来ない。わずかでもお金になる趣味と、金を使うばかりの趣味との間にそれほどの差がある、叔母の価値観は理解出来ない。私が趣味のマンガに金をかけすぎて親戚に借金しているというのなら説教の一つも当然だが、私の稼ぎと少しの遺産で高校生だった弟たちを卒業させ、またその後もちゃんと自分の稼ぎで家を維持し家計をまかなっていて、誰からも借金などしていない。それに、それこそ私の父の鉄道マニア趣味なんて私以上に一銭にもなっていなかっただろうに。叔母は兄である父にも文句を言っていたのだろうか。
前回コメントで「その1さん」は
>多分お金をもらうようになると、「キモ」にならないのではないでしょうか?
とおっしゃっていらっしゃるが、お金にならない趣味は「キモー」で、お金になったり職業として成立したら「キモー」じゃないという価値観は私にはさっぱりわからない。マンガやゲーマーが「キモーな趣味」だと感じる価値観ならば、たとえそれが職業になってもそれは「キモーな職業」になるのがスジのはずだ。
私の上記のケースの場合にはもちろん、叔母が私を(経済的に)心配してくれている気持ちが大いに含まれていたのだと思う。しかしそれを踏まえてみても、きっと私の趣味が「マンガ」ではなく、もっと叔母にも理解可能な女性らしい一般的な趣味(たとえばダンスだとかエステだとかコーラスだとか活け花だとか)であったならそれほど説教されることはなかったように思えるのだ。叔母の価値観の中では「いい年してマンガ=気持ち悪い」であり、「金になる=マンガ家=作家=有名人=すごい、えらい」なのではないだろうか、としか私には思えなかった。
そして私にしてみれば叔母のそんな豹変ぶりこそがまさに「キモー」以外のなにものでもなかったのだが。















