2008年01月26日
嫉妬と憧憬
以前から何度も何度もここのブログの記事に書いてきた事なのですが、私にはたいそう絵が上手い幼なじみがいて、若い頃からずっと私は彼女への嫉妬とコンプレックスに悩んできました。さすがにいい年になるとそんな気持ちも落ち着きましたが、とにかく若い頃の私は「絵が下手コンプレックス」の権化だったので、気の合う同人友達でありいつも身近にいる幼なじみであり仲の良い友達である反面で、私の欲しい画力や才能や名声(?というか絵が上手くて周囲にチヤホヤされること)を全て持っている彼女がうらやましくてうらやましくてそして憎くて仕方がありませんでした。

彼女はここ数年同人誌から離れており、お互い忙しかった事もあって最近はあまり連絡もとっていなかった、そんな彼女から久しぶりにメールが来ました。
その内容は「久しぶりに萌えな作品に出会った」(うんうんそうかそうか)「今、萌えて萌えて仕方がない」(それは良かったねえ)「なので同人誌をまた作ろうと思う」(おお復帰するのか!それは楽しみだ)「今度はマンガじゃなくて小説を書こうと思っている」(………(゚Д゚)ハァ?)

何で突然小説書きに転向する気になったのかは知らないし、別に理由はどうでもいい。きっとそのジャンルでは小説が書きたいのだろう。それはそれでいい。書きたいものを書けばいいんだ。いいはずなんだ。悪い事なんか何もないんだ。そんなことは百も承知だ。

しかし何度自分に「別にいい、別にいい」と言い聞かせてもなんだか胸の奥のもやもやが晴れないのです。別に彼女は「もう一生漫画は描かない」と言っているわけでもなく、ただ単に今回は「小説を書こうと思う」と言っているだけなのに、一体私は何でこんなにショックを受けているのでしょうか。

思うに私は彼女がこのまま小説書きに転向してしまうことを恐れているのでしょう。若い頃の自分があれほど、自分と比較しては落ち込み悩み妬み苦しみ、そして喉から手が出るほど羨ましかった彼女の才能が、このまま消えてしまうのではと恐れているのでしょう。
あの頃の巨大な嫉妬心は、裏返せば巨大な憧憬心だったに違いありません。私は彼女の漫画が好きだったのです。彼女の絵が大好きだったのです。憧れていたのです。だからこのままやめて欲しくないのです。どんなにかすばらしい小説を書くかもしれないけれど、それによって彼女の漫画が見れなくなるのはとても辛い事なのです。

そしてそれと同時にやはり悔しい気持ちもあるんじゃないかと思います。持つ者に持たざる者の気持ちはわからない。私にとって嫉妬に狂う程羨ましかった才能は、彼女にとっては気軽に転向出来る程度のものなのかと、そう思うとやはり悔しいのでしょう。(……いや別に完全に転向するなんて言ってないんだけど)
それよりもただ単純に、漫画もあんなに上手いのに、小説も書けてしまう彼女の多才ぶりに更に嫉妬しているだけなのかもしれません。

なんかもう自分で自分がよくわかりません。自分の心中を分析するのは難しい事です。そんなわけで、幼なじみからの久しぶりのメールに喜びつつも複雑な心境の今の私なのです。



コミケ・同人誌 - livedoor Blog 共通テーマ
01:41│comments(8)trackback(1)   ブログパーツ
同人誌制作・創作 


TrackBack URL

TrackBack

1.  嫉妬心、百害あって一利なし   [ 金融日記 ]    2008年03月22日 23:45
恋愛や仕事で成功するために、もっとも必要ないものは何かと聞かれたら私は「嫉妬心」と答えるでしょう。 いい女も、いいビジネスの話も、たいていはモテる男、デキる男の周りに集まっているものです。 また、いい男もいい女の周りに集まっています。 よって、こう言っ....

Comment

1. Posted by さや     2008年01月26日 14:41  4
こんにちは。記事楽しく拝見しました。
創作関係だと某サイトで嫉妬の心の叫びを目にしたりします。手塚先生も嫉妬心の激しい方だったそうですし。
ただ全く人に嫉妬しない人もいるんですよね。嫉妬を隠してるとか諦めてるとかそういうことじゃなしに。
私も結構嫉妬する方なのでしない人が羨ましいです。自分の僻みのせいで大事な友人を失うこともあるので。
嫉妬って本当に苦しいです。
2. Posted by Key     2008年01月26日 15:12
嫉妬は自分もよくします。ただ、個人的には結構人生は平等と思うことがあるのも事実です。どれかに力を入れるとどれかが必ずちょっと犠牲になるといいますか…。
例えば、漫画のすごく上手い人はやっぱり小説はちょっと精彩に欠きますし、その逆もあります。ものすごい才気ほとばしる人はお客さんとのコミュニケーションが不得手な場合が割と目につきますし、逆に、人としてすごく出来た人はお客さんを喜ばせることに夢中になって、作品としてエッジが鋭いモノをあまり生産しない傾向がみられる気がします。
差し出がましいことを申せば、夜沙さんとお友達のお話についても、同じ事を感じました。「才気溢れる」お友達は結局継続することが出来ていないわけですよね。継続というのは間違いなく重要な才能の一つですから…。それが出来ない代わりに美しい絵や小説の才能があるとも考えられるのではないでしょうか。
3. Posted by az     2008年01月26日 16:48
一流企業で頑張ってきた同期のライバルが、突然会社を辞めて、カフェをオープンした。
こんな感じの気持ちでしょうか?

もしくは好きだった作家が突然ジャンル(CP)を変えてしまい、それが自分には生理的に受け付けないものだった・・・というショックに近いのかもしれません。

思うに、夜沙さんの心の奥の方で無意識に

マンガ>小説

という構図があるのだと思います。憎いほどの憧れの絵描きが、こともあろうに小説に転じるなんて・・・という訳です。

見当ハズレだったらごめんなさい。

この記事はすごく考えさせられましたし、面白かったです。

4. Posted by 通りすがり     2008年01月26日 17:21
横やり失礼
>azさん

今回の場合は夜沙さんのご友人は現実に「漫画が上手」で「小説はまだ未知数」なんだから
漫画>小説 になるのは当たり前では?

(もしこのご友人が小説がものすごく上手で漫画が下手だったら、才能を羨む度合いは 漫画<小説 になるでしょう)
5. Posted by az     2008年01月26日 17:40
通りすがりさんへ

言い方が紛らわしかったです。
ご友人の技量のことじゃないです。

夜沙さんの心の中での、「小説」と「マンガ」というジャンル自体の重きが

マンガ>小説

になっているから、ご友人に小説ジャンルに行って欲しくないのではないかと憶測しました。文中で夜沙さんが

(完全に転向するわけじゃない)

って自分に言いきかせてるんのは、そういう心理が滲んでいるんじゃないか、とも思います。

6. Posted by sefi     2008年01月26日 22:20
勉強もできてスポーツも出来て
昔憧れだった人が、今はニートって知って
しばらく何も考えられなかったことありましたけど、
今は、もう普通になりましたけどね。
ショックというかなんというか、もやもやーっとした気持ちは少し分かります。
7. Posted by は     2008年01月27日 02:04
はじめまして。
私にも、学生時代すっごく絵の上手い友人がいました。いつでもプロになれるんじゃね?というレベルだった彼女は、今は一切絵を描いていません。それを知ったときの悔しさといったら……。

私の場合は、「そんなに才能あるのになんで使わないんじゃ罰当たり!」という気持ちと、「あんなに私が渇望したものが、こんなにころりと捨てられてしまうのか……!」という気持ちが半々だったように思います。

今回の記事、とても興味深かったです。
8. Posted by 権兵衛     2008年01月31日 16:23
「羨んでいた才能は本人にとってそれほど拘りのあるものではなかった」
記事を読む限り、これが一番のように見えました。
合わせて「貴女の漫画がまた見たいのに、私の気持ちも知らずに小説を書くとか言い出すなんて」といった印象も。
私達がしているのはあくまで同人活動だということですね。
何を思ってどういった活動するのかは自由なわけですから。
夜沙さんもそれが分かっているから何も言えない。
中にはいますからね「何で〜(別ジャンルに移った、描くのをやめた)んですか!?」と言ってくる人が。
私達はプロではありません。
それは言い訳ではなく、同人活動をする人間の意識の基本・根底となる部分に関することですから。

おまけ:
字書きの友人は「漫画を描くのがうまいのと絵を描くのがうまいのを混同してる奴がいる。だから漫画書きが『描いた』文章は『絵にならない』ことが多い」と言ってました。

Send Comment

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
 
Attention
このページは同人誌・オタク・腐女子系話題を取り扱っています



FC2ブログランキング

にほんブログ村 漫画ブログ 同人へ
Profile